2013年4月14日日曜日

王道を歩むって事は

最近?は『器』とか『道』な話が多いんですが。
この日記は、折に触れてワタシのガイドであるユリさんとコミュニケートした中から載せています。

まぁ、ユリさん(ガイド)=自分自身みたいなもんですから、ある意味"一部はワタシ自身の意見"ではありますが(੭ु ˃̶͈̀ ω ˂̶͈́)੭ु⁾⁾

で、その中でも『器』や『道』な話が多いのは、やっぱしそういうのが"より重視される時代"に入ってきたのだなぁ、と思えるわけです。

今まで隠されていた、隠していた事が否応無く表に出、何を大事にして生きているのかが人目に晒されてしまう…ある人にとっては生きやすく、またある人にとっては生きにくい、そんな時代になりつつあるのかなぁ、と。

これも、そんな話です…

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『王道を歩んだ方がいいわよ。

お天道様に、神様に、私達に、何より自分自身に恥じない生き方をした方が…

結局は、自分自身が楽だと思うんだけどさ。


だって、それは…倫理ではなく、道徳でもなく、何よりも自分の為だから。


それは…自分自身でいる道だから。

自分自身でいるって何って?

それは、やりたいと思った事をやり。
やりたくないと思った事には毅然とNOと言える事。
そうじゃない?


そうやって自分自身でいる事によって

負けてもいいじゃない。
損してもいいじゃない。
傷ついてもいいじゃない。
馬鹿にされてもいいじゃない。


あのね、自分自身でいられるって何物にも変えがたい事よ。

とても下世話な話だけれどさぁ。
何かのトラブルを、ヤクザに頼んで解決したとするわね。
すると、次にヤクザは、それをネタにアンタに何かを要求するわ。
それが、アンタがやりたく無い事だとしても、ヤクザにネタを掴まれてるから断れない。
そうしたら、今度はそれをネタに、また嫌な事をさせられる。
結局、骨までしゃぶられて…

わかるでしょ?

それは、アンタ自分を生きることなの?
アンタ自身でいる事なの?



自分が何かをなす為に、お天道様に、神様に、私達に、何よりも自分自身に、負い目を感じるような事をすれば、よ。
たとえ、その時は上手くいったように思っても、結局いつの日か自分自身ではいれなくなる。



例え、泥臭いと言われても、不器用と言われても、愚直と言われても、誠実に真っ直ぐ生きれば自分自身でいれる。

20130412105031.jpg
え?
なんですって???

嫌な事は嫌だとはっきりと言ったら嫌われる?
あのさぁ、アンタがアンタでいる事を否定する人なら、いずれ離れていくわよ。
早いか遅いかの違い。
その人は離れても、アンタをアンタでいる事を認めてくれる人が必ずいるわ。
そういう人と一緒にいた方が楽しくない?


それにさ、これも考えてみてごらんなさい。

力が強い事が強い?
お金がある事が強い?
能力がある事が強い?
有名人と知り合いな事が強い?

全く違うわ。
この世界で一番強いのは、自分自身を生きている人よ。

そういう人を本質的に害する事は出来ないの。 だって、自分自身でいる人は、自分自身でいない人よりも強いから。


何度でも言うわよ!!!
自分自身を生きるとは。
何よりもやりたい事をやる事。
そして、やりたく無い事にはNOという事。

やりたく無い事に毅然とNOという為には、どこにも負い目なく、まっすぐに王道を歩む事。

そして、それは自分自身を生きることになる。

それは簡単ではないかもしれないけれど、楽しい道よ。


今、出来てなくても。
今まで、出来てなくても。

今からやればいいじゃない。
いつになっても遅すぎるって事なんてないわ。

アンタが諦めない限りね。

そういうのこそ、応援し甲斐があるってモノよねっ!!!』



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